名古屋高等裁判所 昭和35年(う)793号 判決 1960年12月26日
控訴人 被告人 林弘孝 弁護人 谷忠治
原審弁護人
検察官 吉安茂雄
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中五〇日を被告人に対する本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人谷忠作成の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用する。
控訴趣意第一点事実誤認又は法令違反の主張について、
所論は、本件において、被害運転者森岡博男は、道路運送法所定の免許又は許可を受けずに旅客運送業を営んでいたものであるから同人は、被告人から有効に乗車料金の支払いを受け得ないものであり、被告人としては、その犯行当時の意思如何に拘わらず、右森岡に対し乗車料金支払いの債務を負うべきものでないから、本件において原判決認定の如く乗車料金の支払いを免れるための強盗罪の成立すべきいわれはないし、又原判決が乗車料金一七〇〇円を免れたと認定しているのは、その算定の基礎が明らかでないのみならず、法令の適用を誤つた違法がある、というのである。
本件記録並びに原裁判所が取り調べた証拠を調べてみると、原判示森岡博男は、昭和三五年五月いわゆる白タク営業を始めようと考え、そのころ自動車(自家用)を購入し、道路運送法所定の免許又は許可を受けずに名古屋市内又は一宮市内等において通行人を拾い乗車賃を徴し、運送業を営んでおり、本件においても又原判示場所において被告人を乗車させ、その指定の場所まで、これを運送して乗車賃を得ようとしたことが認められるところ、(森岡博男の司法察員並びに検察官に対する各供述調書参照)道路運送法によれば、自動車運送事業を経営しようとする者は、所定の免許をうけ、かつ自動車運送事業者は、乗車料金を定めるについて所定の認可を受けなければならず、これに違反するといずれも罰則により処罰を受けることは、所論のとおりである。(同法四条一項、八条一項、一二八条一号、一二九条一号参照。論旨に道路運送法二九条とあるのは同法一二九条の誤記と認める。)然しながら、森岡博男が免許又は許可を受けず自動車運送事業を営み、かつ前記認可を受けず乗車料金を収集することが右の如く道路運送法により処罰を免れないものであるとしても、同法に違反して、森岡博男が被告人とした原判示自動車による有償運送契約が無効であり、従つて、被告人において森岡に対し、原判示乗車料金を支払うべき義務がないものと即断することはできない。この点は、一般に行政上の取締法規に違反してなされた法律行為の効力問題として論ぜられるところであるが、本件の如き場合、かかる有償運送契約を有効とすることは、道路運送法が免許を受けずして営むこの種行為を禁止防遏した目的に鑑み不当だとする見解もあろう。然しながら、もしこれを無効と解するときは、自ら選んでかかる契約をした者が、その運送の履行を受け、利益を享受した後、翻つて、その契約を無効なりと主張することにより一方的に自らの負担する義務を免れることを容認する結果となり、当事者間の信義に反することは明らかである。のみならず、本件の如く道路運送法に違反する有償運送契約それじたいを、われわれ社会通念に照らし著しく人倫に反し、若しくは正義の理念にもとるものと考えることはできないから、これを公序良俗に反し無効なものと解することはできない。そして又、本件において、他に被告人が原判示自動車運送契約に基いて森岡に対し乗車料金支払いを免れ得べき特別の事情も認められないのであるから、被告人としては、原判示の如く森岡に対し乗車料金の支払いの義務を負うものというべく、かつ又その自動車料金が一七〇〇円であつたことは、前記森岡博男の検察官に対する供述調書により明認できるところであり、この料金の算定を不当とすべき事情も本件記録上認めることはできないのであるから、被告人が右運送料金債務を免れるためにした本件の所為が強盗傷人の罪を構成することは当然である。論旨は理由がないものというべきである。
同第二点量刑不当の主張について、
所論に鑑み本件記録並びに原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討してみるのに、被告人は昭和三四年一一月ごろにも本件と同様の方法によりいわゆる自動車強盗を働らかうとして未遂に終つた事実があり、その当時警察官の注意を受けたこともあるのに、再び本件の犯行を犯すにいたつたこと、本件は被告人において乗車当時から予め計画してなされたものではないかと疑われる節もあり、その暴行に用いた短刀は予め用意していたものであり、右暴行により森岡博男に与えた傷害の結果もかなり重傷であること、被告人の意図したところが自動車乗車料金の支払いを免れるためであり、森岡の所持する金品の強取を目的としたものではなかつたにせよ、その目的を遂げるために被告人の選んだ手段は原判示の如く兇悪なものであり、しかも被告人としては何の躊躇するところもなく本件犯行に及んでいること、その他本件の罪質、被告人の経歴、素行等諸般の情状を勘案すれば、未だ原判決の量刑が重きに過ぎ不当なものであるとは、とうてい認められない。論旨は採るを得ない。
よつて、刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、刑法二一条により当審における未決勾留日数中五〇日を被告人に対する本刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 影山正雄 判事 谷口正孝 判事 中谷直久)